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東京都立蔵前工業高等学校  同窓会

TEL. 03-3862-4488

〒111-0051 東京都台東区蔵前1-3-57

蔵工記念館

社名
東京都立蔵前工業高等学校  同窓会
代表者
○○○○
本社所在地
〒111-0051
東京都台東区蔵前1-3-57
→アクセス
TEL. 03-3862-4488
FAX. 03-3862-4995
資本金
○○○○万円
設立
20**年
従業員数
○○名(○年○月現在)
役員
取締役 ○○○○
取締役 ○○○○
監査役 ○○○○
取引銀行
○○銀行、○○銀行

沿革

学校の歩み

  • 年月 出来事
    大正13年5月22日  東京市立浅草工業専修学校設立認可
        
    本科(夜間)機械科   :修業年限2ヵ年、入学資格高等小学校
       
    高等専修科(夜間)鉄筋コンクリート科・電気鍍金科:修業年限6ヶ月、入学資格中学・甲種工業卒    
     本校は事業補習学校に関する規定による夜間授業の学校であった
    大正13年8月1日  校長市村秀治就任
    大正13年9月11日  東京市浅草区馬道二丁目11番地 浅草観音堂の裏手にあたる富士小学校講内で授業開始
      本科は高等小学校の少年であったが、高等専修化の生徒は年輩の者が多く相当建築に対する知識技能の持主で、講師も当時の警視庁建築課の技師などが多く、戦災で焼失するまで蔵工には各方面から講師を招いていた。
    大正14年4月1日  本科に建築科増設
    大正15年4月1日  高等専修科に鉄骨構造科を増設し、電気鍍金科は廃止された。
    大正1571  本校本科生に対し青年訓練所規定第8条による認定を受けて、いわゆる軍事教練が課せられるようになった。
    昭和241  本科に電気科増設
    昭和8年4月1日  高等専修科の鉄骨コンクリート科及び鉄骨構造科を廃し、新たに次の2科を置く
      
    鉄筋鉄骨コンクリート科 修業年限1ヵ年
      機械設計製図科     修業年限6ヶ月

     当時の生徒数は、昭和4年度、本科190名・専修科86名 昭和6年度、本科198名・専修科60名、専修学校は次の蔵前工業学校に昇格するまでに本科537名、専修科1014名の卒業生を世に送った。
    昭和10年9月28日  東京市立蔵前工業学校認可(実業学校令工業高校規程による)
                          文部省告示第三二八号 文部大臣 松田 源治
       東京府東京市浅草区馬道町 修業年限4年、入学資格 高等小学校卒業程度
      ここに甲種工業学校として蔵工が誕生することになったが、所在地の「蔵前」を付けるについては学校の後援会、同窓会の意向が加わっていると云われる。
    昭和10930  実業補習学校に関する規定廃止に伴い本校廃止となり、一切が東京市立蔵前工業学校に継承
    昭和10930  市村秀治校長退職、北条三郎本校校長に就任
    昭和10年10月1日  東京市立蔵前工業学校として授業開始
    昭和12年3月20日  浅草区蔵前1丁目12番地 蔵前高等小学校(現在蔵前中学)校内に移転
     蔵前高等小学校の校舎は当時モデル校として全国的に注目された立派なもので、建設前から蔵工の校舎として供用する予定で敷地の北東に丸屋根の大きな実習工場が付いてい
    昭和13年9月9日     第1本科電気科卒業生に対し、甲種電気工事人資格認定
    昭和14年4月1日  本校課程変更、専修科が第二本科ととなり、建築科が廃止
         第1本科(夜間)機械科・電気科各学年1学級 修業年限4ヵ年
           第2本科(夜間)機械科・電気科各学年1学級 修業年限2ヵ年
         入学資格は高等小学校で当時は、第1本科は甲種工業学校、第2本科は乙種工業学校
     蔵前高等小学校の校舎の3階全部を教室、職員室にあて、夜間に授業を行った。3階の北側に製図室、事務室、校長室があり、南東の角が職員室であったため、そのすぐ隣の教室はさわげなくて閉口していた。当時は軍事教練などを行っており世間一般的にも学校の規律はなかなかやかましく、生徒は丸屋根の実習場の北側(校舎門のすぐ左わき)から日直に敬礼して入り、すぐ3階の教室へあがることになっていて、欠席、遅刻は特にやかましく、例えば浅草橋から本校に来るのに川よりの道は柳橋あたりの料理屋など多く、(特に夜なので)通行が好ましくないと云うことで電車通の道を歩けと云われたものだ。昼間勤務をもつ生徒が4年間も通ってしかも皆勤や精勤が相当いたのであるから当時の生徒にはなかなか努力家が多かった。
     当時学校の始業は五時、終わりは九時で今の定時制と似ている。なお学校給食を行っていた。ただし現在のように調理室があるわけでがなく、浅草鳥越の市営簡易食堂から定食を200人分位はこんで第1時限の授業中に高等小学の小使さんが1階の教室に配膳し、各室に職員が2,3名位生徒と共に会食した。北条校長の「鰯の頭まで食え、人参を嫌うな」の言葉は今卒業生の語り草になっている。給食は戦争末期まで続いた。
    昭和14年5月26日  第1本科電気科卒業生に対し電気事業主任技術者第3種資格認定
    昭和1612  昭和12年6月から日中戦争が初まり、昭和16年12月からは太平洋戦争に突入し、生産の増強、工業教育の振興がさけばれ、本校も専用校舎を建築することとなった
    昭和17年2月24日  浅草区蔵前1丁目12番地に校舎敷地5,970u(1,809坪)登記完了
    昭和17年3月31日  新たに昼間部設置 第1本科(昼間部、機械科2学級・電気科)を設置し、従来の第1本科、第2本科は第2本科、第3本科と改称
            1本科 (昼間)機械科・電気科 修業年限5ヵ年 入学資格国民学校初等科
            2本科 (夜間)機械科・電気科 修業年限4ヵ年 入学資格国民学校高等科
            3本科 (夜間)機械科・電気科 修業年限2ヵ年 入学資格国民学校高等科
    昭和17年4月1日  第1本科の授業を浅草区浅草橋三丁目の育英国民学校内において開始
     この頃の授業は育英校の低学年が午前中で放課となるので、その空いた教室を借り午後授業を行った。机、椅子も小さくて新人生は皆、背をまるめて勉強していた。
    昭和17年10月1日  現校の敷地で地鎮祭を行い、木造二階建の建築が初まり、基礎と柱などが出来たが翌年に入って、戦局振るわず資材も乏しくなり、建築を中止することとなった
    昭和18年3月31日  第3本科廃止、生徒は大部分第2本科に転科進級し、昼夜の第1、第2本科となった
    昭和18年7月1日  都政施行により東京都立蔵前工業学校と改称
    昭和19年4月5日  第1本科は南千住の田中国民学校内に移転、第2本科は移動せず蔵前校にあったが、段々烈しくなる空襲で生徒も減少し授業は日増しに困難になって行った。
    昭和20年3月9日  夜の大空襲によって東京は大被害を受け、新築中の校舎及び田中国民学校内校舎共に焼失。実習工場の丸屋根も曲がってしまった。
    昭和20年3月24日  焼け跡の蔵前校で卒業式が行われた。わずかの職員、生徒、ザラ紙にガリ版刷りの卒業証書とみじめな有様であった。
    昭和20年4月1日  浅草区向柳原2丁目1番地柳北国民学校内において第1、第2本科の授業開始。当時学童疎開で柳北校は空家同様で住居のない職員、生徒も何人か同居していて窓ガラスも無く焼トタンでふさいでいる状態だった。また、当時勤労動員で第1本科3年の機械科は亀戸の市川合金へ、電気科は南千住の小穴製作所(今の電精機)へ通っていた。
    昭和208  戦争は終わったが戦後の混乱や校舎の不備等で充分な勉学は出来なかった。
    昭和21年3月20日  1本科の卒時式が行われる
     彼等はめぐまれない仮校舎でよく頑張り、102名が昼間部として第1回の卒業生となった。
      1本科 機械科 68名、電気科 34
      2本科 機械科 23名、電気科 33
    昭和21年3月31日  伏見三郎本校校長に就任
    昭和21年4月1日  第1本科に建築科及び土木科、第2本科に建築科増設
    昭和21年9月13日  蔵前1丁目12番地旧蔵前国民学校校舎(現蔵前中学)の大半を本校転用の許可
      当時、国民学校は生徒がいず校舎も1階の極く一部を除いて焼失した焼残りの建物であった
    昭和21年11月29日  転用校舎の修復工事着工、留岡組の手で工事(工費7拾万円)
    昭和22年5月1日  校舎修復完了 建設局から引継を受け授業開始
     修復と云っても室の扉、窓、電燈配線の程度戦後の混乱期で食糧不足、さらに連日の停電に悩まされた。この時、使用したのは2階の一部と3階であった。階段、廊下は焼跡のコンクリートそのままで、所々に鉄骨が露出し、掃除の度に砂が集まる有様であった。
    昭和23年4月1日  6・3・3の学制改革により東京都蔵前工業新制高等学校と改称(旧制工業からの移行処置として併設中学校も設置)
    昭和23年8月1日  衛生工学技術講習所の施設一切を受け継ぎ、本校別科として衛生工業科、上下水道科が新設
    昭和23年11月3日  本校の新教育目標、指導目標、校訓(至誠・自立・友愛)を決定する
    昭和24年3月31日  学制改革の進行により併設中学が廃止
    昭和24年4月1日  本科別科を廃止し第1本科に衛生工業科を新設
      春から定時制の生徒にララ物資による脱脂粉乳を配給した
    昭和25年1月28日  東京都教育委員会規則第1号により東京都立蔵前工業高等学校と校名変更、新制の2字は無くなる
    昭和2541  第1本科衛生工業科を設備工業科と改称
    昭和26年5月1日  校地拡張5,206,3u(1,566,7坪)大蔵省より買収、旧地と併せ敷地面積11,176u(3,386,6坪)となる
    昭和26623  機械科実習工場修改築落成(工費180万円・施工松田建設株式会社)
    昭和26年8月末  校地の整地作業が完了
      これは台東区の失業対策事業の一部として、前年の4月から行われていた。この時、体育館の処に残っていた掘割なども埋立られた。
    昭和27年6月26日  通産省告示第144号電機主任技術者資格検定規則第7条の2により第1次試験を免除する学校として認定される電力課程第3種の第1次試験免除)
    昭和28年12月28日  裏門通路用地として40.2坪を共用地として大蔵省より買収(36万1800円、松倉商店、網野金属と共用)
    昭和29年3月15日  本校第1期建築工事を住友建設株式会社が請負う
          539.41坪(鉄筋3階、297.41坪、木造2260坪)2575蔓延、
       他のPTAにて21.94坪分と付帯設備(給排水、電気ガス設備等)費384万円を契約
    昭和29年4月2日  地鎮祭
    昭和29827  上棟式
    昭和29年12月16日  第1期校舎落成及び創立30周年記念式典挙行
      本校はここに一部ではあるが自分の校舎で勉強することが出来るようになった。なお、下級生は蔵前中学の一部を使った。第1期の建築は当時、玄関、事務室、製図室など3階と2階の東側の校舎にあたる
    昭和3042  第2期校舎工事着工
     木造2階建、延231.96坪、新谷建設施工、工費860万円
    昭和30年5月10日  電気実習室(変電室共66u(20坪))三ツ目建設、84万円で着工し、510日落成
  •        

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  • 昭和30917      2期校舎落成

  • 昭和30101      本所工業高校長の小野軍操先生が本校校長に就任

  • 昭和31223      鋳造実習工場落成79.2u(24坪)

  • 昭和31224       3期校舎工事着工

  •                         木造2階建、延198.92坪、新谷建設施工、工費6198300

  • 昭和31620      3期校舎落成

  • 昭和32510      設備工業科実習工場完成、ブロック建165u(50坪)、工費2991850

  • 昭和3341        設置課程名称変更(カッコ内が旧学科名)

  • 1機械科 (機械工作課程) 2電気科 (電力課程)

  • 3建築科 (建築課程)   4設備科 (設備工業科程)

  • 新学年から学級が増加され次の科構成となる

  • 全日制 機械科(2学級) 電気科 建築科 設備科

  • 定時制 機械科 電気科 建築科 設備科

  • 昭和3341       電気実習工場木造平屋建落成132u(40坪)

  • 昭和331220      4期校舎工事着工、設備費共総工費4095万円

  •                          1 校舎   鉄筋3階建1.188u(360坪)、2194万円

  •                  2 実習工場 鉄筋2階建660u(200坪)、1152万円

  •                  3 給食室  鉄筋ブロック建66u(20坪)

  • 昭和344           調理室も出来、栄養士も迎え定時制の給食が本格的に始まる。130

  • 昭和34510       講堂兼体育館着工 三ツ目建設株会社施工

  •                         鉄骨鉄筋2階建、278坪、建築費1820万円、設備費1440万円、体育器具42万円

  •                         建築についてPTAの強力な援助があった

  • 昭和34728      4期校舎増築落成

  • 昭和341220     講堂兼体育館完成

  • 昭和35114      講堂兼体育館および第4期校舎増築落成式典挙行

  • 昭和35716      台東区指導室長の長島泰明先生が本校校長に就任

  • 昭和36331      実習工場増築3階330u(100坪)を増設

  • 昭和37718      18日から21日まで千葉市勝山で臨海訓練、1年生229名が訓練

  • 昭和38715       館山寮落成(千葉県館山市見物字斬後9番地)

  •                         3月に本校館山寮の用地として、宅地309坪を購入、4月に着工、木造モルタル2階建、188,75坪、257.75坪、16畳乃至11畳の部屋11室、他に調理食堂、シャワーなどの部屋を完備、収容力は120人、工費935万円(付帯332万円)

  •                         1年生211名が715日から82日の間に4班に分かれて合宿して訓練を実施

  • 昭和39115      創立40周年記念式典挙行

  • 昭和4141       王子工業高等学校より浅嶋武雄先生が本校校長に就任

  • 昭和422            校庭に照明用投光器を設置

  • 昭和4341        定時制に設備工業科増設(機械科は1学級となる)

  • 昭和45331       実習工場第1期工事完成、鉄筋2階建802u、工費3120万円

  •                         創立以来、生徒に親しまれていた蔵前中学側の工場が取払われた

  • 昭和4541       北豊島工業高等学校より長野原隆治が本校校長に就任

  • 昭和46331      実習工場第2期工事完成、鉄筋2階建948u(287坪)、工費3715万円

  • 昭和48331      実習工場第3期工事完成、鉄筋5階建2,017u(611坪)、工費8724万円

  •                         ここに各科の実習工場が全部完成した。延面積3767u(1141坪)

  •  

  • 昭和49113      創立50周年記念式典挙行

  • 昭和5241       北豊島工業高等学校より伴義夫先生が本校校長に就任

  • 昭和5541       教育長人事部より国兼光由が本校校長に就任

  • 昭和55421      8階建校舎第1期工事完成 

  • 昭和56910      8階建校舎第2期工事完成

  • 昭和58331      8階建校舎第3期工事完成 3階建格技・プール棟、グラウンド完成

  • 昭和5841       東京都教育委員会の研究指定校となる

  • 昭和5936       中曽根康弘総理大臣、森喜朗文部大臣、文部政務次官等の学校視察

  • 昭和5991       LANシステムパソコン41台設置

  •  

  • 昭和591124     創立60周年記念式典挙行

  • 昭和6141       小石川工業高等学校より小林一也先生が本校校長に就任

  • 昭和62428      文部省教育課程「課題研究」研究指定校になる(昭和6263年度)

  • 昭和6391       LL装置の設置

  • 平成141 羽田工業高等学校より本間孝明本先生が校校長に就任

  • 平成1109       校庭改修工事完成   

  • 平成261 14期中央教育審議会清水司会長他学校視察

  • 平成341 小金井工業高等学校より岩本洋先生が本校校長に就任

  • 平成441 機械科に類型選択性導入

  • 平成5310       全館冷暖房完備

  • 平成633 家庭科実習室増築360u(109坪)

  • 平成641 小金井工業高等学校より新井芳明先生が本校校長に就任

  •  

  • 平成61119      創立70周年記念式典挙行

  • 平成841 教育長人事部主席管理主事の北島敬己が本校校長に就任

  • 平成91031      1階給食調理室改修工事完成

  • 平成1141       学校運営連絡協議会設置(東京都教育委員会の試行校2年間)

  • 平成11128      文部省研究指定校(マルチメディヤ活用学校間連携事業)となる (〜平成15年度)

  • 平成1241       中野工業高等学校より浅岡廣一先生が本校校長に就任

  • 平成1241       校内研修改善推進校「インターシップ等校外の学修成果の設定」として指定される

  • 平成12719      海外修学旅行試行校(平成12、13年度入学生)と決定される

  • 平成1351       部科学省研究開発学校指定校となる(平成131415年度)

  • 「技術革新に対応した工業高等学校生徒の実践力と創造性の育成に関する研究開発」

  • 平成131015        実習工場耐震・改修工事完成

  • 平成1435       テニスコート改修工事完成

  • 平成14316      定時制建築科・設備工業科廃科

  • 平成1441       定時制建築工学科一科となる

  • 平成14418      アフガニスタンアミン教育大臣、文部科学省国際統括官等の学校視察

  • 平成14526      外修学旅行「オーストラリア(シドニー)」実施

  • 平成141113     2号館改修工事完成

  • 平成15123      台東区立浅草中学校との連携型中高一貫教育校に指定される

  • 平成1541       向島工業高等学校より野上明夫先生が本校校長に就任

  • 平成15512      海外修学旅行「オーストラリア(ケアンズ)」実施

  • 平成151111     韓国全羅北道教育研修団の学校視察

  • 平成1641       台東区立浅草中学校との連携型中高一貫教育校に実施される

  • 平成1641       16年度入学生より35人学級が実施される

  • 平成16516      海外修学旅行「オーストラリア(ケアンズ)」実施

  • 平成16624      イラン政府関係者の学校視察

  •  

  • 平成16109      創立80周年記念式典挙行

  • 平成1741       芝浦工業大学・東京電機大学・東京理科大学との高大連携型教育が実施される

  • 平成1744       中央アジア青年団の学校視察

  • 平成1757       海外修学旅行「オーストラリア(ケアンズ)」実施

  • 平成17624      ソウル特別市教育長の学校視察

  • 平成18510      海外修学旅行「シンガポール」実施

  • 平成19118      伊吹文明文部科学大臣の学校視察

  • 平成1941       小金井工業高等学校より小山実先生が本校校長に就任

  • 平成1941       日本工業大学との高大連携型教育が実施される

  • 平成1959       海外修学旅行「シンガポール」実施

  • 平成2058       海外修学旅行「中国(広州、香港)」実施

20**年*月
○○にて○○○○○○○○設立
20**年*月
○○○○○○展示会にて○○○○○○○を発表
20**年*月
○○○○○○○を発売
20**年*月
○○営業所を開設
20**年*月
○○○○○○○を発売
20**年*月
○○営業所を開設
20**年*月
○○○○○○○を発売

東京都立蔵前工業高等学校  同窓会

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